人、まち、自然。ふるさと日本、ありがとう。 民主党参議院比例区第68総支部長竹内栄一
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民主党参議院比例区第68総支部長竹内栄一
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平成22年5月8日
わが国の経済そして財政問題を考える (その2)


今、デフレ解決のために、どんなことを考えるべきなのか、どんな政策手段があるのか、生活者の立場で、出来るだけ問題を単純化して、一般論的な議論として、考えてみたい。

現在の経済そして景気の現状を考える時、きちんと認識すべきポイントが幾つかある。

1)バブル崩壊後のデフレへの対応に、政府の処置は主として公共投資の積み上げ策を初めとして、いろいろ行われたが、期待するような効果が出ず、成功しなかった。しかし、全くの失敗と簡単に非難も出来ない。元々、処方箋がない特異なデフレである。しかし、20年間という長い期間に、或いは、“失われた10年”とも言われるが、バブル脱出の為に実施された、いろいろな対策が、結局、小出しで、中途半端で、時期を失する、局部対応等々が重なり、結局、効果を生まず、それが、また、新たな不況を呼び込んだとか、“負”の連鎖がどんどん進行して、傷口を広げてしまった、また、デフレと言っても、状況に依って、その態様もいろいろ、変化していたかもしれない、この様な政策的ミスが積み重なって、結果的に、問題解決を自ら難しくしたのでないかとの疑念を否定できない。

2)わが国のGDPの推移を見ると、国レベルでは1968年以来、約半世紀、維持してきた世界第2位経済大国の地位ではあるが、この間、全体的に見ると数量―金額的には、横ばいであり、殆ど増えていない、つまり、経済成長率では特に90年代は1%台と大きく下げている、経済のパイは大きくなっていない。今年、この世界第2位の地位も中国に明け渡すのは確実である。GDPのもう一つの指標は個人別で、この方が私たちには身近なものであるが、昔は世界で5〜7位であったものが、90年代の終わりには、2ケタ台、2000年以降は17〜19位あたりを低迷している。日本の経済は最早、世界で一流でもないし、個人レベルでは、世界的に見て、生活水準の面で、決して、特に貧しくなったわけではないが、他の国々の人たちも、どんどん豊かになってきたということであり、私たちだけが世界2位の経済大国だとか、豊かだとか、自慢しても意味のないことである。
最近では、相対的貧困率という指標が考えられている。国民の年間所得の中央を基準として、それ以下の所得の人たちが国民全体の中で、どのくらいの割合を占めるかということである。わが国は228万円が平均所得としてその半分の114万円となるが、その割合は15.7%、これはOECD30カ国の下から4位である。それ以下の国というと、メキシコ18.4%、トルコ17.5%、そして米国17.1%である。勿論、物価や生活水準のレベル等を加味して評価すべきことであり、この指標が生活実感から見て、正しいのかは疑問があるが、注目すべき指標の一つではある。また、以前、どこかで、マスコミ報道で、年間所得が200万人以下の勤労者が1,200万人いるとか、非正規社員が全勤労者の1/3である、生活保護の受給世帯が130万人とか聞いた記憶がある。最近の新卒者を含めて、失業率が約5%と高止まりしている、これ以外に表に出ない“引きこもり”等の失業者も相当いるのではないか。経済格差が確かに広がりつつあることも実感できる。また、一般勤労者の所得の伸び悩んでいることの影響で、わが国の貯蓄率は1980年代には20%台あったものが、2000年には下がり始めて、2004年には2.7%となった。高い貯蓄率がわが国の高度経済成長そ支えた原資―資本スットクであったことを考えると、今後労働人口の減少と重なって、投資の為の資本が枯渇していくことは、国民経済の将来を考えると、これまた、非常に憂慮すべき大きな問題である。

3)冷戦崩壊後、世界経済におけるパラダイムの転換が起こったことである。米国の強い金融資本主義が世界中に伝播して、グローバリズムの波の下、旧ソ連圏、改革解放後の共産中国、またインドを含めて、世界中が市場経済化したことである。それ以前は、欧米、日本の先進工業国を中心にした自由経済圏とその市場規模は人口規模で15〜20億程度であった。それが、今や、特にアジア地域、中国14億とインド13億を含めて、世界的に、40〜50億規模の巨大な市場に拡大した。その結果、先進国から、これら新興国にカネが流れ込み、新興国の政府は、技術を導入したり、自国企業を強化したり、また、逆に、先進国企業が安い労働コストを利用する為、新興国へ工場を移転して、現地労働者を雇用して、生産を行い、その生産品を本国へ逆輸入したり、それ以外の国々へ輸出したりすることも、今では、一般的な投資の形となっている。特に、中国は世界の工場と言われる程になり、その他、インドや東欧等、同じ形での工業化、所謂水平、或いは垂直型を問わず、国際的な分業化が進展している。しかし、この様な工業の発展パターンは別に特別なものでもないし、特に、第二次世界大戦後、米国の主導権の下、貿易や金融の自由化の恩恵を受けて、いずれの発展途上国も工業化を進めて、自国の経済発展を追い求めてきた。唯、今回の世界的な市場拡大の波はIT技術等の技術革新の影響もあって、桁外れに規模が大きいものになった。しかし、この様な世界経済の急激な変化は、他方で、既存の安定した仕組みで生きてきた先進国の経済の形や運営に大きな影響を与えている。簡単に言えば、今、先進国を襲っているのは中国等から、安い商品が洪水のように輸入されて、先進国での生産体制が競争力を失う、その結果、企業倒産や失業者増加と言った“負”の現象が起こっている。つまり、先進国は安い商品と共にデフレも輸入している結果になっている。昔、この様な状況をダンピングとか近隣窮乏化策と言って、厳しく非難されたが、今は、WTOもあり、建前は貿易自由の原則が確立して、保護主義的な対抗策がなかなか発動できない仕組になっている。また、輸入される安い商品も、現地に進出した自国企業の製品であることも多いし、国内がデフレであっても、安い輸入商品のお陰で、個人の家計が成り立っている面もあり、その利害得失を簡単に比較計算できないことも事実であろう。また新興国が経済的に豊かになって、彼ら国民が購買力を持てば、先進国は付加価値の高い商品を、新たな輸出市場となった新興国へ輸出する機会も増えていくことも期待できる。この世界経済のパラダイムの転換が生み出した変化はまだ進行中であり、新しい経済秩序なり安定がいつに、どのように成立するのか、まだ予測もできない状況である。いずれにしても、世界経済において、各国間の相互依存、または相互関係が非常に強まっており、国際的なつながりを無視して、一国だけで、自国の経済政策を取り仕切ることも難しい時代に入っている。また、ものづくりだけでなく、金融、為替、また、環境あるいは資源と言った要素もこれからは決して無視できない大きな変動要因である。

4)もう一つ注目すべき重要な経済指標がある。それは個人金融資産のことで、わが国には1,400兆とか1,500兆の規模のものがあると、政府の統計でも発表されている。国は多分、世界最大の借金国家であり、外国からの借金ではないが、莫大な財政赤字を抱え込んでいるが、一方、民間では、個人金融資産という形で、わが国の年間GDPの約3倍に近い莫大な資産が保存されている。勿論、逆に個人金融負債もあるはずで、一概に資産の大きさだけで、単純に判断はできないが、それにしても巨額な資産であり、それが絡んで、わが国は世界でも有数の債権大国もある。この資産の中身は、現金預貯金、株式、投資信託、外貨預金、保険年金等々であるが、現金預金が約60%、株式が6%等であり、更に全体の60%が、60歳以上の中高齢者の所有であるが、彼らは、現役を引退して、住宅ローンも払い終えて、これから第二の人生を楽しもうという世代である。ところがこの莫大な資産がタンス預金や貯金等に預けられたままで、使われないで、寝た侭である。おカネは使われなければ何も生み出さない。たとえ、銀行や郵便局に預けられても、民間企業は投資意欲が低いので借りに来ない、結局、これら預金は精々、米国債を含めて、安全な国債の購入、また、外国の投資家達が低い金利の日本円を借り出して、高い利益を期待できる海外の企業等に投資するとかで、この貴重な資産が、わが国の経済の再建に殆ど活用されていないというのが実態である。勿論、歴代の政府も、この大きな個人金融資産を生かそうと、いろいろ勧誘策や、優遇策を出したはずであるが、効果がない。では、何故、現役引退した中高年の人たちはお金を使わないのか、簡単に言えば、先にも指摘したように、将来が不安であり、心配だから、と言うことであり、結局、社会保障制度の安定性に係わる問題であるが、もっと、はっきり言えば、国や政府を信用できないということである。これはこれで、本当に難しい問題であるので、簡単にいかない現実がある。 

さて、以上のような幾つかの大きな経済環境や条件のもとで、需給ギャップを如何に解消して、需要を回復するのか、その可能性を何処に求めるかと言えば、やはり、最終且つ最大の需要の源泉は個人消費であり、それが国民の幸せを物質的な面で担保する分野であり、国民の生活水準を引き上げることが政治の重要な目的の一つである以上、やはり、如何に個人消費を活性化するかの問題に収斂される。需給関係は基本的には、相関関係にあるが、需要とは何か、それは、人間の物質的な欲望なり欲求であり、その中身は生命保存の為に不可欠な必需品的なものから、あらゆる世俗的な生活手段の快適/快楽の為のレベルまで、含んで、際限がないであろうが、その種のモノ或いは、サービスを求めることであり、供給はこれら欲望や欲求を満足させる為に作り出される。しかし、生活必需品的な性質のものを別にして、それ以外の需要の具体的な中身は、求める人々によって千差万別である。しかし、大衆社会化した現代においては、人々の欲望は実質的には殆ど、パターンナイズされて、大量生産された規格品的な商品となり、逆に言えば、供給者である企業が、イニシアチブを持って、意図的に、個人的な欲望を作り出して、それを刺激する形で、新たな商品やサービスを作りだして、需要を増やしていく形の経済社会へと変化している。この様な需給の関係の中で、起こるデフレは供給力に対して、需要が少なくなる、或いは、なくなる、と言うことは、消費者側で見れば、需要を満たすおカネがない、少なくなった、或いは、おカネはあっても、何らかの理由で買わないーつまり節約、−需要を抑制するということである。では、国民の側に、本当におカネがないのか、おカネが減ってしまったの、どうなのか。その答えは,先にも述べた様に、GDPの推移を見れば判る。昭和30年代以降、高度経済成長の時代には、おカネの量は、国ベースも、個人ベースも大きく伸びている、しかし、平成不況以降の最近の20年を見ると、国レベルでは450兆から560兆の間で、伸び率は緩やかになり、その伸び方を見ると前半の10年位は緩やかか或いは横ばいに移り、そして、半では伸び方は下降して、デフレ状態に入っていることが判る。GDPが大きくならないということは、経済のパイが大きくならないことである。

その原因は企業活動の不振以外に、少子化高齢化や人口減と言った事情、また、世界市場での激化する貿易競争等々であり、これらが相互に影響しあって、需要を押し下げ、景気の低迷を招き、結果的に、個人の所得を減らしていく。世界第二位と言っても、個人の生活感覚では、そんな実感がないと、よく言われたが、そんな事情を示している。その意味では、おカネがなくなった、少なくなったということも、特に若年や現役世帯において、明らかな事実であるし、それにより、経済格差を生み出している。しかし、国民、皆が、全て、貧しくなったわけではない。これも、先に指摘したとおり、一方には、個人金融資産が1,400兆もあることも確かな事実であり、ここには、おカネが沢山ある、しかし、使われないで、眠っているということである。持っている人は60歳以上の中高齢者であって、個人金融資産の60%−約800兆規模のおカネが事実上眠っている。これらの人たち、現役を引退した中高年世代―おカネがあっても、使わない。何故、彼らは使わないのか、将来の安心や安全に確信を持てないからと言うことであるが、いくら、経済の状態が悪いといっても、現在、年金はちゃんと払われているし、健康保険も機能しており、その意味では彼等の生活上、特別の不安や、大きな支障など出てないとは思うが、すっかり縮み志向で、オカネを貯めこんだ侭、使わない。確かに年金や医療保険等の社会保障制度も元々、高度経済成長の時代に設計されたもので、年金問題も過去に何回か制度の見直しは行われたが、元々、現役世代が高齢者を養うと言う賦課方式であり、この仕組みは出生率に依存している、今後の人口減少を考えると、いずれ保険方式に転換していかざるを得ない。また健康保険制度も、高齢化人口の増加で、医療費用の支払いは増加する一方であり、この費用を将来、少子化の中で、誰が負担するのか、いずれにしても、何らかの方法でこの費用を効率化して支払を抑えないと、わが国の財政は社会保障費の際限のない増加で、破綻していしまうことにもなりかねない。この後期高齢者の保険制度をどう設計するのか、これまた、当然、財政負担に絡んでくる。また、今のように国が巨額の財政赤字を出し続けると、いくら立派な社会保障制度を設計しても、維持できない。国の選択肢は財政破綻を容認して、今後も、財政赤字を積み上げるのか、或いは、増税か、緊縮財政かしかなくなる。今、民主党は増税―消費税の議論は封印しているが、財政の実態を率直に国民に訴えるべき時に来ているのは余りにも明らかである。消費税の問題については、いろいろ世論調査もあるが、社会福祉といった目的を限定した消費税について、引上げ率にもよるが、大概の人々は前向きに受け入れる意向を示している。同時に、中高年の人たちが心配している年金や健保等の公共福祉制度の制度的な安定性をきちんと国民に示すことが絶対不可欠である。これら税制改革と社会保障制度の改革が相俟って、国民を説得出来ることができる。一時的には景気後退も予想されるが、社会保障制度改革によって将来の生活の安心安全に確信がもてれば、中高齢者の持つ個人金融資産も動かすことが出来る。また、彼らの資産を若い世代に移しやすく方策、例えば、贈与税、相続税をゼロにするとか、投資減税を大きくする、又おカネだけでなく、資産や事業の継承についても、積極的な優遇措置を講ずるとか、何か知恵があるはずである。この様な対策を提案すると、よく金持ち優遇と非難されることが多いが、金持ちにお金を使ってもらうことが、全ての人々を幸せにすることに繋がるのだから、そのような批判を恐れることはない。

経済は、ヒト、モノ、そしてカネを動かすことであり、わが国が本来持っているものは、ヒトしかない、但し、知恵や技術を持ったヒトでなければならない、そして今、幸いなことに、個人金融資産という大きな“宝”があるのだから、この“宝”を使わない手はない。景気回復のためには、このカネをなんとかして、動かすことしかない。このカネを動かしながら、技術革新を通じて長期的な成長戦略を構想し、実行するしかない。資本主義経済はダイナミックで、エネルギ―溢れる性質を持った経済の仕組みであるが、反面、厳しい競争の原理で動いている。その為に、敗者を生み出し、格差を生み出す。一方、国家は社会のあらゆる共同体の利害を調整する割を担っており、民間企業の旺盛な経済活動を支援しながら、同時に、社会全体の安定をきちんと維持し、国民の連帯感を守っていく調整者の役割を果たさねばならない。

 



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