人、まち、自然。ふるさと日本、ありがとう。 民主党参議院比例区第68総支部長竹内栄一
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民主党参議院比例区第68総支部長竹内栄一
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平成22年5月14日
憲法の日に思う


今年は現行憲法が施行されて、64年目であり、今月3日の憲法記念日には、憲法改正を巡って、賛成派反対派、それぞれ都内で集会を開いたことが報道されていた。この時期の恒例行事であり、特に第9条改正については、イデオロギー論争か、神学論争の類の感がある。しかし最近の世論調査では9条に限らず、憲法改正に賛成する、或いは議論すべきとの意見が、過半数を上回る結果が、ほぼ定着しつつある。国民投票法の制定に伴って、平成19年、憲法審査会が設置されたが、それ以後、始動していなのは、明らかに違法状態であり、国民の意識動向を考えれば、残念な事態である。民主党自身、党内に色々な意見の対立があるとはいえ、政権党として民主党の責任をしっかりと果たしていなければならない。

今、最大の政治的課題になっている沖縄・普天間基地移転問題とは一体何であろうか、何故、戦後60年以上もの長きに亘って、沖縄を含めて、我が国土に陸海空そして海兵隊と完全な攻撃力のある外国の軍隊である米国軍隊が配備されているのか。自衛隊がいるはずなのに、どうして、自衛隊では我国を守れないのか。自分の国土や国の安全を自分で守らなければならないことは小学生の子供達だって、知っている。わが国は独立国なのか、或いは、米国の保護領なのか、今回の鳩山総理が提起した“沖縄海兵隊基地問題”は、わが国のあり方―憲法の問題を根本的に問い正した点で、実に重いテーマであると理解すべきである。

5月4日の沖縄での鳩山総理の発言を聞くと、海兵隊が何故、沖縄に居るのか、それが抑止力との関係で、どう関連しているのか、よく知らなかった。今回、この問題を考えていく中で、初めて、その意味が判ったと言った趣旨を述べていた。しかし前原国交相や長島防衛政務官などは防衛問題の専門家と聞いているが、党内では、この問題について、どんな議論がされてきたのか、ひとつ理解できない。政権党の第一の責務は国家の安全保障にきちんと対応することであり、民主党のスローガン(国民の生活第一)の前提は、国民の安全安心安定の基礎にある国防を整備することが必須不可欠であると考えている。

ところで、沖縄と言えば、4月20日以後、中国艦隊が東シナ海を出て、沖縄近海から沖ノ鳥近海方面を艦船航行の習熟や海象情報の収集の為か、継続的に活動していたと報じられている。政府も公海上では活動であるが、挑発行為も見られるとして、中国に抗議した。中国には、この様な艦船行動には、当然、政治的な意図がある。わが国への示威行為と共に、海自の対応を探る為であろうし、今後とも、この様な艦船の示威活動を続けて、海自そしてわが国を心理的に追い込む狙いがある。いずれ、尖閣列島領有権問題そして、その先には、沖縄に対する影響も考えて、彼らは、この海域での支配権の確立を目指して、中期的な海洋戦略の一環として行っていることを私たちは、冷静に認識しなければならない。この増強された中国の海軍の外洋進出は単に、軍事的な影響だけではない。同時に、わが国の経済的そして政治的な状況や環境に、どのような脅威を生み出すのか、それに対して、わが国がどう対応していくのかは、今や、本当に焦眉の課題となりつつある。鳩山総理の主張する“友愛の海”と言った美辞麗句は中国人には全く通用しない。中国の歴史を勉強すれば、中国人は徹底して政治主義的であり、現実主義的であり、それは“力”の論理しか信じない“中華”民族の民族性であることがよく理解できる。
 
さて、憲法問題に関連して、今回の沖縄基地問題のような不条理な政治状況が何故、起こるのか。又、何故、この様な状況が長く続いてきたのか。そして、何故、それから脱却できないのかと言う問題である。その原因は正に、現行憲法にあり、その最大の問題点がこの第9条の規定にある。この規定は軍隊の保持と交戦権を否定している。では、自衛隊は何であるのか、自衛隊は軍隊ではない、交戦規定は警察官と同じである。しかし、いくら憲法が戦力の保持を禁止しても、現実の国際社会で生きていく為には、軍隊が必要である。そこで、憲法解釈で自衛権は否定されていないとの論理がひねり出されて、軍艦、戦闘機そして戦車も持った一見“軍隊らしき”自衛隊が組織された。しかし、この様な憲法解釈だけでは当然限界があり、無理があり、自衛隊は軍隊として行動できないと言うのが実態である。

他方、わが国を取り巻く軍事的な環境や安全保障環境は厳しくなる一方である。この様な戦後政治の歴史の中で、憲法問題の象徴として、この9条の問題が国家の安全保障に直結しているだけに、常に激しく議論されてきた。そして、真の問題点は結局、我が国が国際関係の冷徹な現実を直視することを避けて、そのような欠陥のある憲法を正そうとする勇気も気概を失っていることにあると言うべきである。憲法は国家の統治の原則を定める基本法であるが、この憲法がどういう経過で制定されたのか。この憲法は、以前、よく“マッカーサー憲法”と呼ばれたが、この呼び名こそ、この憲法の本質を正確に表している。日本を占領した連合国を代表する米国の占領軍総司令官の名前を冠したこの憲法は米国の対日占領政策を遂行する為の基本法であることを意味している。そして、米国の対日占領政策の第一項は、日本をして、二度と米国に刃向えなくすることと明記している。この憲法は正にこの占領目的を実現する為に、占領政策の一環として、占領軍(GHQ)によって起草された。従って、原稿は英文、当時の政府、幣原内閣に渡されて、形式的に、帝国憲法の改憲条項に従って、GHQの厳しい監視下、帝国議会で形どおりの審議がされ、可決成立したものである。

しかし、当時、わが国は敗戦の結果、連合国による軍事占領下にあり、そして、国家主権を奪われた状態のもとで、国民の自由な意思により決められるべき憲法を制定することは全くありえないことである。国際法上も、この様なGHQの要求は1907年のハーグ陸戦法規の定める「国の権力が事実上占領軍の掌握に帰したるうえは、占領者に絶対の支障なき限り、占領地の現行法を尊重し・・・・」に明らかに違反している。この様な怪しげな出自の故に、この憲法の法的な正統性については、当時から、根本的な疑問が提起されていた。この“押し付けられた”憲法の制定の経緯は米国側での公文書公開により、彼等の占領政策やその実行についての調査研究は相当に進展して、今はその実態は殆ど明らかになっている。これら調査研究の結果を素直に読めば、米国の占領は異民族による占領という未曾有の事態を恐れた一般国民の立場からすると、間接統治により占領軍が余り表に出ることなく、表面的には友好的、融和的であったものの、しかし、その実態は恐ろしく強圧的、過酷そして狡猾な占領であった事がよく理解できる。

特に、戦前の日本政府の対外政策を、侵略と一方的に断定した東京裁判を通じて、我が国民を洗脳する等、言論統制や検閲の厳しさに、その典型を見ることが出来る。米国の初期段階の対日政策は、日本をしてこの4つの島に閉じ込めて、産業的にも軽産業しか許さない、精強な軍隊を生み出した日本国民の精神的構造を破壊する。そして、長期的に保護占領を維持することであった。勿論、厳しい米国の対日政策に対して、相手は生殺与奪の絶対的権力を持つGHQであったが、日本政府も様々な抵抗を試みるも、全く通じない屈辱の従属関係に押し込められ、結局、GHQの言うなりに、米国流民主主義を表面的には受け入れ、憲法をはじめ、米国の占領政策に従うしか、政治力学的には選択肢しかなかったのが実態である。同時に、国内においても、この混乱状態に乗じて、GHQの応援もあって、共産党や社会主義者の活動も活発化した。未曾有の敗戦、そして衣食住もままならない生活の困窮や社会的混乱もあって、一般国民の精神的動揺も激しく、左翼陣営も議会においても、一定の政治的影響力を持つに至った。

その後、米ソ間の冷戦の激化や、朝鮮戦争の勃発により、米国の対日占領政策は日本を自由陣営への取りこむ為、大きく転換され、日本の経済的自立そして早期の独立容認へと進み、1952年、サンフランシスコ平和条約の発効と共に、わが国は独立を回復した。同時に米国との間で日米安保条約を結んで、米軍の駐留を認め、実質的に、わが国の国防を委ねた。本来、独立を回復した段階で、普通の国家であれば、占領下で、押し付けられた憲法などは当然、廃棄され、無効化する。或いは、少なくとも、この憲法の可否について国民投票を行うと言った政治的な選択肢はあったはずであるが、結局、独立回復という国家の大事な節目にも、何ら主体的な政治的な決断をすることなく、占領体制の遺制をその侭、引きずって、それから既に、半世紀以上が過ぎた。(この憲法起草の責任者であったGHQのケーヂス大佐は、日本が独立すれば、この憲法は当然廃棄されると予想していた、又、この憲法が一度も改正されていないことを聞いて、驚いていたそうである)。

勿論、独立回復後、憲法の正統性への疑問や戦前への復帰を求める立場から、それなりに活発な政治運動も展開されたが、冷戦下、通商関係を含めて、米国との友好関係を最優先とする時の政府や政権与党の政策や、又、左翼政党の抵抗などの、国内政治の流れの中で、国家の政治的自立を取り戻す機会は大きく遠のき、わが国は、経済成長重視の経済路線をひたすら追求する方向に動き、1968年には、世界第二位の経済大国となり、国民の生活水準が世界有数の高いレベルにまで到達した。しかし、その半世紀の間にも、世界は、1989年のソ連の崩壊に伴う冷戦の終焉、湾岸戦争に見る米国の力の衰退、わが国の経済力低下、中国インド等の新興経済大国の登場等々、大きく激動を続け、国際関係そして世界経済は、今、又、転換期の真っ只中にある。

しかし、今のわが国の政治的な現実を見ると、この様な世界的な状況変化を直視することもなく、我が国民は、おおよそ現実感覚を欠いた侭、平和で豊かな時代が少なくとも、この日本だけは、永遠に続くと牧歌的な夢を見ているように思われる。しかし、この憲法の第9条が強いているような国家の基本的なあり方は、結局、国家独立の基礎である国民の気概や自立心を育てず、国民意識や国防意識を希薄化させる心理的な結果を生み出しただけであり、一部世論は相変わらず、左翼政党の主張する非武装中立や憲法9条擁護に代表される観念的、非現実的な平和論が罷り通っている。彼等は、戦後60数年、日本は平和であったのは、この憲法のお陰であり、又、この憲法を守って、こちらが軍備を持たなければ、又、こちらから攻撃をしなければ、誰も、わが国を侵略する国などは存在しないなどと言い張っているが、こんな非現実的な、幼稚な論理は何の合理的な根拠もない。

では、何故、戦後60年の長い間に、誰も日本を攻撃しなかったのか、答えは簡単明瞭で、唯一つ、それは、日本に戦争を仕掛けることは世界最強の軍事大国、米国と戦争することを覚悟しなければならないことであり、わが国は、戦後1日たりとも、軍事的に、丸裸の状態、つまり、非武装の状態になった事は全くないのである。このような明々白々な現実を無視した9条改正反対論などは、全くの偽善でしかないし、政治的なご都合主義でしかない。

いずれにしても、今、この21世紀において、世界は、また、大きな転換期を迎えている。わが国がこの歴史的な試練を乗り越えて、国家の独立そして自存を守りきる為には、正に、現行憲法の改正―少なくとも、第9条を一日も早く改正するしかないと言うのが私の立場である。

 



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