人、まち、自然。ふるさと日本、ありがとう。 民主党参議院比例区第68総支部長竹内栄一
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民主党参議院比例区第68総支部長竹内栄一
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平成22年5月31日
普天間基地移設問題について、再び思うこと


5月末までの決着を公約してきた鳩山首相は、5月28日、日米合意の共同声明を受けて、内閣の最終方針として、事実上、現行案である辺野古地域での基地建設を発表した。 政府方針に反発した社民党党首福島消費者・少子化問題担当大臣を罷免しての首相の決断であった。しかし、この問題はこれで、一件落着などでは全くない。むしろ、これからが、正念場であり、多くの困難が待ち受けているが、その最大の困難は沖縄県民の不信を払拭して、説得することである。一旦、信を失った鳩山首相、そして民主党政権に、裏切られたとの怒りに燃える沖縄県民の信頼を如何にして、取り戻すことが出来るのであろうか、又、徳之島への海兵隊の訓練の一部移転も提案しており、これも唐突の話とあって、徳之島住民の反発も強い。更に、この基地問題を日米合意に従って、解決するのは日本政府の責任であり、その約束をきちんと履行できるのかに、米国の対日信用の問題、そして、日米同盟の実効性が掛かっている。政局的には、参院選を間近に控えて、連立政権の一翼である社民党の離脱が決まった。鳩山首相の政治責任の問題は党内でも噴出することは最早避けられない状況である。

政権発足後約8ヶ月間、民主党政権による初めての政権運営は、有権者の期待を裏切った政策も他にも、いろいろあったが、何よりも、“政治とカネ”問題、そして“普天間基地移設問題”、この二つの大問題により、正に翻弄されてきたといっても過言ではない。この二つの問題は国民の政治に対する信頼の基礎には、先ず、政治家は“カネ”にきれいであって欲しい、ということ、そして、次に、政治家は自らからの“コトバ”をきちんと守って欲しいということを意味している。“信なくば、立たず”の言葉どおり、国政に携わる政治家の資質として国民が要求するこの二つの条件を守れない者は国民の代表としての負託を受けるに値しないと言うことである。

さて、普天間基地移設問題を考えると、長い時間をかけて、本当に、大きく遠回りをして、結局、元の出発点に戻った、その間、多くの言葉が飛び交ったが、それらが、無意味に、空疎で、虚しく発せられ、消えていった、そして、残ったものは、虚脱感と不信感だけ、こんな印象しかない。今、鳩山首相を非難したり、その責任を糾弾する声がマスコミでも多いが、指導力の欠如を含めて、その責任が一番重いのは当然ではあるが、同時に、民主党が選んだ首相であり、彼の責任は民主党の責任でもあるはずだ。民主党が政権交代を実現して、自民党政権の政策や政治手法を見直すのは当然のことである。

前にも述べたが、こと、外交と国防政策については、国家の独立と自存という究極の国益を守ることにあり、あくまでも国際関係の厳しい現実の中で、実効性と継続性のある政策を柔軟に選択し、実行することである。政権交代だからといって、国際関係の複雑な現実を無視した外交政策などありえない。例えば国際社会は多数の国家の複雑な利害関係で成り立っているが、相手国には相手国独自の国益があり、外交とはその国益の最大化を目指すせめぎ合いであり、後ろに軍事力を含めての国力という実力を背景に、相手国に、こちらの国益を如何に認めさせられるか、の関係であり、基本的には利害の対立の関係である。国際関係の過酷な現実の諸条件を無視して、いくら、理念重視の政策を一方的に訴えたとしても、結局、それは、空理空想の類であって、国家間のエゴに翻弄され、結果として、国益を毀損し、国際社会で信用を失うだけになる。

民主党の外交国防政策とは一体、何であるのか、野党時代なら、唯政権党を批判するだけで、無責任な政策や議論でも済むが、一旦、政権党になれば、そんなことは許されるはずもない。政権党になった瞬間から、この日本という国家、そして国民の生命財産を守る責任を負うことであり、厳しい国際関係の現実を対決することを覚悟することである。例えば、インド洋沖の海自による給油活動の停止やアフガン民生援助資金、4,500億円の供与などは、全くの国益無視の愚策と言うしかない。

今回、最大の疑問は、自民党政権時代に13年の時間を費やして、日米間で正式に合意されて、そして、沖縄県民も事実上容認していた現行案を何故、白紙に戻したのか、この現行案の何が問題であったのか、どうして、これでは、まずいのか、全然、鳩山首相も民主党も説明していない。確かに、沖縄県民が非常に重い国防上の負担を負っているのは確かに現実であり、その負担軽減を図ることも大切な政治的課題であるが、それは、ことの一面であり、もう一面は、わが国の国防そして安全保障の観点に立って、何故、沖縄に米国の海兵隊が駐在し、多くの軍事基地が維持されてきたのか、それは沖縄の地政学的な条件も含めて、北東アジア地域での軍事的な安全保障−戦略環境が不安定であるという厳然たる現実があり、それに対する抑止力の維持ということに尽きる、端的に言えば、北朝鮮、それ以上に、今や、軍事大国化した中国という軍事的な脅威が厳然として存在していることである。

彼らが軍事的な拡張主義に動かされて、外洋艦隊を整備して、沖縄近辺を通過して、彼らのいわゆる第一列島線を越えて、太平洋に進出を狙っていることは、つい先ごろ、4月に、中国艦船が10隻も連ねて、公然と沖縄近辺を示威航海をしているのを見れば、彼らの意図は明々白々である。従って、現行案を見直すことは新しく政権を担当する民主党として、当然のことであるが、それは、この地域の軍事的な戦略的な環境の現状や今後の推移を十分に踏まえての見直しが基本であって、もし、その観点での見直しとなれば、沖縄県民への忍耐強い説得を含めて、自民党政権が依拠してきた、この地域の戦略的環境、そして、同盟国である米国の極東戦略構想についての合理的な認識の下に出来上がった辺野古地域への海上基地建設、そして普天間基地の閉鎖と言う現行案があらゆる条件を考慮して、沖縄県民の負担軽減にも通じる唯一の実行可能な選択肢であったことは、民主党としても、それら過去の経緯を防衛省の専門家等も呼んで、真剣に偏見なく、調査し、研究すれば、当然理解できたことであるが、何故、そうならなかったのか、この辺の事情については全く判らない。

しかし、この問題について、鳩山首相の全ての発言を冷静に調べれば、例えば、“勉強すればするほど、米海兵隊の存在が抑止力に繋がっていることが判った”などは、認識不足と言うか、国家の最高指導者として不可欠な軍事的或いは安全保障的な事柄についての何の定見がない、発想、思考や知識が全く欠如していることを暴露している。唯、沖縄県民の負担軽減だけを捉えて、彼らの感情におもねるような無責任な発言を繰り返すだけでは、全くのポピュリズム政治、大衆扇動の典型にしか過ぎない。結果として、厳しい軍事的な環境の現実や、軍事的合理性の前に、自らの無責任な公約を取り消さざるを得なかった。しかし、このことは鳩山首相だけの問題であろうか、例えば、山岡幹事長が“普天間の問題は雲の上の話”と言った発言や、福島大臣の罷免に関連して、党内100人以上の議員が今回の日米合意に反対して、社民党との融和を訴えたというようなニュース聞けば,よく判る。以上は政策や理念の視点での感想であるが、もう、一つの視点は、政策の決定過程、又、そのプロセスの問題である。この点でも、やはり、鳩山首相の責任は極めて大きい。

現行案の見直しや白紙還元の是非は別にしても、この8ヶ月もの長い間、今回の日米合意そして政府の対応方針の決定に至るまで、鳩山首相、そして、関係閣僚の発言や行動は全く、司令塔が誰なのか、目標実現のシナリオや具体的な行程もはっきりしない、閣僚間の意思疎通もないし、個々人の発言も整合性のない発言や動きが繰り返され、一方、最高責任者である鳩山総理も同じように、政府としての一体的な対応が見られない、世間的には、迷走しているというイメージだけが広がっていく、米国の対日不信感を強まるばかり、沖縄現地でも、この様な政府の動きや関係者の発言に振り回されて、これ、また、政府不信を強めるという状況が続いた。しかし、ことの本質から、この問題を全体的に理性的に認識する能力があれば、もっと早い段階で、実質的に、現行案しか有効な解決策がないと言うことは十分認識できたはずである。勿論、そのような決断をすることは沖縄県民の反発はあったであろうが、例えば、その決断を、今年1月の名護市市長選挙の前にしていれば、容認派の市長が選ばれた可能性もあったはずである。

マスコミが伝える沖縄現地情勢は多分に特異な言語空間であり、世論なる者も相当バイアスの掛かったもので、単純に信用できないと聞いている。それに振り回されないで、現地の事情なり本音は又、別にあるもので、正確に、調べることも出来たであろう。その市長選も反対派の市長が当選したが、容認派の候補者との票差は10%程度であり、早い段階での現行案の方向での政府の決定がなされておれば、現地の世論も相当、変わっていたかもしれない。しかし、鳩山首相はあくまで、沖縄県民の意向を確認したいとの意図で、問題の決定を先送りした。この問題の軍事的な要素をあくまで軽視した対応であり、ポピュリズムに流されて、曖昧な態度と発言を繰り返して、最低でも県外、そして国外などと固執し続けて、結果的に沖縄県民の期待を煽り続けて、最後に彼らを裏切ったと事になった。

その意味で、この名護市の市長選はこの様な鳩山首相の無責任な言葉に影響されて、反対派の市長が当選した、これは、この問題の決定的なミスであり、この為に、事実上容認派である沖縄県知事を非常に不利な立場に追いやる結果となった。ここまで、この問題をこじらせた責任は、やはり、鳩山首相にあり、決断力に欠けていたことの結果であり、首相としての資質に問題があったと言うしかない。鳩山首相の2度の沖縄訪問も政治的には全くの下策であった。このよう複雑な問題には、関係者の合意形成の為に、いわゆる根回しが最も大切である。首相が最高権力者として、出て、話すれば、全て問題が解決するといったような手法は全体主義的な国なら、いざ知らず、わが国では通用しないこと位、鳩山首相は知らない筈がない。首相自ら出て行くということは、普通は当事者全てが合意して、最後の儀式として、最終的な取りまとめとして、行われるといった程度のことである。勿論、実務者レベルの議論の過程に、首相の判断や指示が反映して行われるのは当然であるが、首相自ら出ることはあくまで最終段階での合意を確実にすることにある。

自民党が13年の年月をかけて、現行案が固まったということは、複雑な現地事情の中で当事者間の合意形成に、それだけ大変な困難と苦労があったことを如実に示している。しかし、民主党のいわゆる“政治主導”に引きずられて、過去の経緯を無視して、独断的に、沖縄県民の危険負担除去と言う、一見、沖縄県民の感情を重視したようなアプローチだけを強調して、この問題のもう一面の要素―軍事的な現実を無視しては、米国を説得できないし、それは、結果として、沖縄を含めて、日本そのものの安全保障を危険に陥れることに他ならない。

今や、“覆水盆に帰らず”の言葉どおりの厳しい状況であるが、今回の日米合意を実現するしか選択肢はないし、それを前提に、沖縄県民の不信を払拭して、彼らの協力を求めるしかない。それは、正に民主党にとっては、茨の道であるが、自らの不明が招いたことであり、その責任を一切引き受けることしか、沖縄県民そして国民の信頼を回復するには選択肢はないと覚悟するしかないと思う。

竹内栄一事務所