人、まち、自然。ふるさと日本、ありがとう。 民主党参議院比例区第68総支部長竹内栄一
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民主党参議院比例区第68総支部長竹内栄一
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平成22年6月16日
菅内閣の誕生に思う


6月8日、皇居での親任式を終えて、菅直人内閣が発足した。昨年9月に発足した最初の民主党内閣を率いた鳩山前首相の辞任を受けての首相交代である。鳩山政権の命運は約8ヶ月と言う短命に終わったが、この首相交代で、支持率20%台に落ちた鳩山内閣に対して、民主党に対する国民の期待は復活したのか、現時点での菅内閣への支持率は、予想外と言えるほど、急激に回復して、追い風の中での再出発となった。誠に喜ばしいことではある。しかし、同時に、それは、鳩山前首相のリーダーシップやその政策に対する国民の否定的な評価の裏返しであることも忘れてはならない。政治の世界、一寸先は闇であり、有権者の気分も判断も常に流動的である。世論調査の数字に一喜一憂する必要もないし、政治の責任は国家国民の為に、必要な政策を、有権者に耳の痛いこともはっきり言いながら、粛々と実行していくだけである。

鳩山政権の失敗は何であったのか、何故失敗したのか、冷静に反省することが必要である。その反省の上に始めて、菅新内閣の成功が担保される。鳩山内閣が初めての民主党内閣として、政権を担当したが、その前に、国政を担う政治家として国民の信頼を勝ち得ていることが最低条件である。これは政策以前の問題であり、鳩山首相の個人的資質の問題と言えるが、一言で言えば、”信なくば、立たず”と言うことに尽きる。政権のTwoTopが国民の信頼を失うと言う致命的な誤算を犯した結果であった。しかし、彼らの個人的な“カネ”の問題をもっと早く、正せなかった民主党の自浄能力の欠如も国民の広く知るところになり、今、彼らが辞任したからと言って、この問題が国民の納得のいくように解決したわけではない。党として、本当にクリーンな民主党を再建するには、政治資金の問題を、党内で徹底的に議論して、厳しい自己規制を核にした明確な方針そして、規律を決めることが、絶対不可欠である。

次に鳩山政権の政策の問題である。菅内閣の閣僚は副総理であった菅首相を始め、殆どの大臣はその侭、留任であり、首相が代ったことの印象が強い。勿論、内閣のトップである首相が代ることは、表面的に政策は変わらなくても、首相の個人的な信条や思想、又経験等で、政策での力点やニュアンスの取り方は異なるし、それなりに政権の具体的な運営のあり方も違ってくる。その意味で、首相が交代するということは政局的には大きなインパクトがある。菅内閣の支持率が大きく回復したと言うのは菅首相の個人的な性格や人柄、又、雰囲気等が好意的に受け取られたのであって、別に政策的に評価されたというのではないと思う。勿論、菅首相は財政再建に絡んで、個人的には鳩山前首相とは少し立場が違った発言をしていた。或いは、沖縄普天間基地移設問題について、鳩山前首相の迷走ぶりが、鳩山内閣の支持率低下の大きな要因であったのは事実であろうが、担当の所掌任務ではないか知れないが、菅首相も副総理であったから、全く、この問題について責任がないというのも少しおかしいとも言える。

鳩山内閣の政策運営を振り返って見ると、今までも指摘したことであるが、政権交代、そして、自民党政治からの決別を訴えるとなれば、自民党の政策と反対をやれば、国民の支持を得られると言う発想からのみ政策を考えることになり、その本質はポピュリズム的にならざるを得ない。その典型が沖縄普天間基地問題であろうし、八ツ場ダムの建設中止であろう。政権政党の経験がないから、国家とは何か、国家を統治することは何であるのか、と言う国政の根本問題を自分自身のこととして真剣に考えることをしてこなかった、又、 野党だから、政権党やその政府を批判するだけで、別に何の責任もない気楽な立場にいただけで済む。しかし、政権党となれば、自分の言った言葉が権力の裏づけを伴って、国民を支配することであるから、言葉の重みは全然違う。西欧の政治家、誰か忘れたが、彼の言葉に、「深い考えもなしに、一度発した言葉、そして行った政策が、国民の生活や人生を左右してしまう。権力というものの恐ろしさに、いつも、慄かされた」と聞いたことがある。その意味で、民主党は今や、政権政党であり、その組織した内閣がわが国の国家と国民の命運を左右する立場にあることはっきりと全ての党員は自覚しなければならないし、過去の出自や政治的イデオロギーや政治的経歴が何であれ、国政の責務を担った以上、優れて、“愛国者”であることが絶対最低限の必須の条件であることは自らに銘記すべきである。その覚悟が無ければ国政に携わることなどすべきでない。勿論、これは民主党議員だけのことでもないし、自民党であれ誰であれ、国政に携わる全ての政治家の命題であるが・・・・・。

昨年の政権交代時の政策は、党の合意に基づいて記載されたものがマニフェストとして有権者に示された。過去8ヶ月の政権運営の心構えは、国民への公約として、このマニフェストに書かれた政策を実現する為ということで、行われた。しかし、今や、マニフェストなる言葉は随分一般化したが、以前は選挙公約と言っていたものだが、具体的な政策を提示して財源そして期限を明記したもので、ある意味では有権者から見て判りやすいが、同時に政治や経済の状況はどんどん変化するものであることを考えると、マニフェストで政権運営を拘束するのは危険な一面もある。もっと言えば、有権者全てにマニフェストが渡されたものでないし、その内容をきちんと説明されたものでもないし、有権者はマニフェストを見て、その政策案を全て賛成して投票したわけでもないし、その意味で、民主党は白紙委任を受けたと考えるべきでもない。

マニフェストは元々英国で行われたもので、一年二年と言った相当の時間を掛けて、党内で詳細な議論をして、更に、その政策案について世論調査までして、国民の意見も聞いた上で、纏まったものを政党の政策案として印刷する、相当のボリュームのある厚い印刷物になるが、これは町の本屋でいつでも販売されていると聞いたことがある。もし、そうとすると、民主党の選挙用の薄いパンフレットとは全然違うものである。更に、過去8ヶ月の間には、マニフェストに書いてない外国人参政権付与や夫婦別姓と言った党内でも議論が纏まらなかったことまで、政治課題として、法案化しようとして、民主党に対する有権者の信頼を大きく損ねた。しかし、鳩山内閣は、建前は、できるだけ忠実に、このマニフェスト優先で政権運営をやってきたが、その結果は今日の新聞を見ると、政府提案の法案の成立率は戦後最低の55%と書いてある。ある意味では、この結果は当然ではあるが、マニフェストに書かれた政策案も、政権党でない為に、必要な行政サイドの資料も入手できず、ひたすら、理念やイデオロギー優先で、反自民というだけで、週刊誌や新聞情報程度を頼りにして、まとめたもので、国政全体との関連で整合性もなしに、個々の政策が、個別的に有権者の関心をひきつけるだけの考えで、羅列されたのがマニフェストとなれば、政権を取って、各省庁で、マニフェストを実行しようという段階で、真実の内部資料や実態が判明し、マニフェストが前提としていた条件や前提が違っていたら、実行不可能として、諦めざるを得ないのは当たり前のことである。

例えば、あの子供手当てもバラマキの象徴と言われて、決して国民の評判は良いとは言えない。元々自民党時代の児童手当をベースに手厚い給付をと言った観点で13,000円が決められて、翌年には満額26,000円と倍額にしたと言うが、その根拠は何か。満額にすると、単一の財政支出項目で、防衛費を上回って、最大の支払項目になるとのことで、政策など実行できなくても、何か適当に言い訳すればよい位のことだったかも知れないが。この子供手当てが典型であるが、政策目的そして効果がはっきり検証できない。経済政策全体が、所得配分の公平化を重視したもので、成長戦略といった発想が希薄だから、パイが大きくならないのに、バラマキをやるとなっているので、財源の観点から直ぐに破綻してしまう。経済政策に関係する個々の財政、税制、産業、通商、更に教育等も考えれば、個々の分野で、それなりに合理的な政策案が出来ても、経済政策全体での整合性がなければ、政策としての効果が正確に予測も出来ないし、その政策が正しいのか間違っているのかも判らない。

しかし、これは政策に関する政府と党の関係、又、党の政策調整組織をなくしてしまったことも含めて、民主党の政策立案能力の問題と言うことであるが、過去8ヶ月は初めての政権交代で、色々悪条件も重なっていたが、民主党は高い勉強代を払ったということである。と言っても、勉強代は納税者である国民が払ったと言うことであり、この勉強代をきちんと、その額以上に、国民に返金する責任を背負ったことを忘れてはならない。今回の首相交代で、菅内閣になって、この辺の政策論議のあり方は、かなり現実的に対応していくとの流れが出てきたし、それは望ましい必要な方向転換であると評価できる。如何なる政策も現実にしっかり踏まえた上で、理想を漸進的に進めていくべきことで、理想と言っても、歴史に裏打ちされた確固たる人間観―政治的には性悪説であるが、そして歴史観や国家観こそ大切であり、サヨクの陥りがちな合理主義や進歩主義といった近代主義の迷妄に捉われないことが先ず、肝要である。

しかし、現実的な対応と言っても、状況に唯、追随していけばよいと言うのは決して正しい政治とは言えない。政治の目的は国家の独立と自存、そして、国民の自立と幸福であるが、この目的を実現する為には現実を徹底的に冷静に分析して、その上で、政策を立てることになるが、その際には、中長期の戦略的な発想が極めて大切であろう。わが国を取り巻く内外の情勢や環境は大きく転換しつつある、国外を見れば安全保障の点では共産党独裁の中国の軍事大国化であり、この軍事的脅威を日米軍事同盟で,如何に対応していくのかに尽きるし、国内では少子高齢化の危機を如何に乗り切るかに尽きる。この国内外の国難を本当に乗り越えるには菅首相が自ら生命をとして戦うしかない。

就任の記者会見で、菅首相は奇兵隊の高杉晋作のことに触れられたが、彼は国家存亡の危機の時代、幕末維新の激動期に生きた武士であり、彼らは常に刀を前において命を賭けて議論をしたと聞く。さて、わが国の現状は失われた20年の間に、政治のリーダーシップの欠如から、国力が大きく失われ、國際社会での存在感は低下しつつある、国民は言い様のない閉塞感にさいなまれている。国民自身もこの困難に戦う気概も勇気も失っている。戦うことを教えてこなかった戦後の日教組教育の付けを今、払わさせられている。菅首相は技術屋出身、市民運動家として政治の世界に入ったと聞いている。普通はリベラル的な思想の持ち主と思われるが、決して、自分は何か、固定的なイデオロギー的なしがらみはないと、言っているのをどこかで見たことがある。

確かに市民運動家として、具体的な問題を解決しようとすれば、現実的な発想や対応をしなければ、問題を解決できないことは当然であろう。ただ、今度は国家の最高権力者となり、現実の国益を守ることは当然の責務であるが、過去の個人的な思想や経歴などは、一切関係なく、我々の祖国である日本と言う、歴史と伝統、独自の文明を持った国を私達の子供や孫達に引き渡していく為に、真の愛国者として、歴史に名を残すような大宰相として、高杉晋作を倣って、国民の先頭に立って戦ってくれることを心から期待している。



竹内栄一事務所