人、まち、自然。ふるさと日本、ありがとう。 日本維新の会参議院比例区第25支部長竹内栄一
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日本維新の会参議院比例区第25支部長竹内栄一
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平成25年5月18日
教育勅語の復活

「教育問題は国家百年の計にあり」と言われていますが、国にとって最も重い課題であることは論をまたないものであります。昨今見聞する犯罪事件や不祥事の多発は、社会全般に道徳、あるいは倫理といった規範意識の衰弱が蔓延している現実を示しており、我が国の将来を考えると、極めて憂慮すべき事態だと考えられます。

 この社会的病理は、教育の問題にも深くかかわっています。小学校一年生のクラスで、先生が話をしているのにもかかわらず、子供たちが、走り回って遊んでいる。先生が制止しても、全く無視してやめようともしない。このようなことは、どこの小学校に於いても日常茶飯事の出来事です。このような状況は、学校だけの問題ではなく、家庭にも大きな原因があると思います。                     

私が神奈川県議会議員の時、教育の理念というか、教育において踏まえるべき視点として、神奈川県が作成した「神奈川人づくり宣言」というものがあります。

 その中で、「子どもたちは、生まれて後、親の愛情に抱かれ、養い育てられ、また成長に応じた様々な教育を受けながら、やがて大人になってゆく。そして、いろいろな経験を積み重ねながら、社会の構成員として社会性を身につけていく。こうして獲得していくものには、時を超えて変わらない価値のあるもの、すなわち 『不易』と時代の変化に柔軟に対応して身に着けていく必要のあるもの、すなわち『流行』の二つがある」と整理しています。では、「不易」、時代を超えて変わらない価値のあるものとは何でしょうか。豊かな人間性や他人を思いやる心、命を大切にし、正義感、郷土を愛しむ心などがあり、現在、子どもたちをめぐり、さまざまな問題が生じているのは、社会が激しく変化する中で、これらをしっかりと身につけて来られなかったことに、その一因があると説明しています。

「不易」とは、広い意味で道徳や倫理といった価値のことであり、教育の分野は知育・徳育そして体育に分類されますが、これは徳育のことと理解できます。

この徳育が戦後六十数年の間、子どもたちの立場でいえば、きちんと教えられて来なかったのです。そういう子どもたちが成長して、私たち自身も含めて、今、日本の社会を動かしている中堅層になっています。このことは、子どもたちをめぐる問題にとどまらず、私たち大人の問題でもあり、社会規範の衰退を招き、今や国が内部から溶解しつつあるとさえ言われる状況に直面していることにつながっています。

なぜこのような、由々しき事態になったのでしょうか。なぜ戦後、徳育あるいは道徳教育が教えてこられなくなったのでしょうか。

その理由は、端的に言えば、敗戦後、民主化の名のもとに行われた米国の占領政策の一環として制定された教育基本法にあります。その制定当時、日本の起草者たちは、教育基本法は教育勅語と両立して相互に補完するものと認識していたと聞いています。しかし、GHQの思惑や圧力で、教育勅語は昭和二十三年に国会決議で失効した経緯があり、本来、徳育の根拠であった教育勅語が失効したため、教育基本法だけが教育の理念を定める唯一の法律となりました。その基本法が想定する教育理念や目指す人間像は、抽象的、観念的な個人の価値を重視した人間像であり、個性の完成や自由といった価値が大きく謳い上げられた反面、伝統の尊重や歴史のつながり、家族、地域や国といった共同体の一員としての公的な役割等について明確に取り上げていないのであります。「不易」なる価値あるものとは、結局、歴史や伝統、習慣あるいは美意識といった先人が営んできた日本人の暮らしの中から紡ぎ出されてきた共同体の知恵のことであります。しかし、戦後日本では、これら先人の知恵を否定するごとく戦前以前の日本との歴史的なつながりを断絶した戦後の価値観の中で戦後教育が行われてきました。その結果が現在の有り様です。このような私たちが直面している、社会全体の道徳的な混迷状況から抜け出す手がかりは、私たち日本人が悠久の歴史の流れに橋をかけて、先人の知恵を取り戻し、それを頼りに今を生きる、また生かされていることの自覚と感謝を持つことです。歴史を虚心に振り返れば、自然に恵まれた風土、季節の変化に富んだ自然環境や、そこで育まれた美意識や感性、外国の文明を取り入れながら、日本独自の文化の形を育んできた柔軟な文化的な感受性など、私たちの先人は、歴史の中で時間の試練を耐え抜いた貴重な知恵を残してくれました。私たちが、不透明な不確実な現在や未来を生きようとすれば、先人の知恵を羅針盤として前進するしかないのだと思います。

現在、議論になっている皇室典範の改正問題も政治問題ではなく、国のあり方の問題であり、先人の知恵を引き継ぐかどうかと言うことでもあります。日本人は何者であるかという、アイデンティティーが問われる、国民の精神の根幹にかかわることでもあります。

皇室の伝統は、短絡的な合理主義的な発想、例えば男系による万世一系の天皇の伝統を放棄するような考えでは、これを維持することはできません。まさに戦後的な価値観が全く迷妄であることを理解できなければわからないことです。国のあり方は、日本に伝統として引き継がれてきた皇室をいただいた形こそが世界の模範となる先人の知恵であるとともに、2600年有余に渡り、この形で国が維持されてきた歴史により証明されていることでもあります。だからこそ、この問題も先人の知恵に学び、子どもたちのためにも賢明な判断をせねばならないのです。日本人が「不易」たる価値あるものとしての、このような善や徳、公共心や感性といった先人の歴史的な知恵に生きてこそ、国際社会の中で、特にグローバリズムが広がる中で、名誉ある地位を占め、尊敬される国家国民になる道であるし、同時に、それが日本の真の国際国家、日本人が真の国際人となる唯一の道なのです。基本は歴史伝統の尊重、道徳や公共心の涵養、また、日本人としての誇りの回復、そして、教育勅語の復活によって戦後教育の弊害を克服できるものと信じています。


竹内栄一事務所